Shiny Academy

DX入門コース

~第1話 DXって何ですか?~

前回のあらすじ

ここまで神谷は、生成AI入門でAIの基本を、生成AI活用で田村美香・北川亮・前川さくらと組んだ『チームAI』とプロンプト集を、IT基礎でECサイトの裏側で動くサーバー・データベース・SaaS・API・セキュリティの全体像を学んできた。社長への中間報告も終え、共有アカウントの廃止と権限分離の承認ももらった。次のテーマは、社長がもう一つ口にしていた言葉——『DX』だ。

社長の「DX宣言」

丸山社長が社長室で神谷にDXの整理を依頼している

IT基礎まで学び終えた神谷は、社長への中間報告を行った。チームAIで動かしている商品説明やPOPの下書き、ECサイトの裏側の仕組み、共有アカウントを廃止して権限を分離する提案。社長は資料を見ながら、何度も大きくうなずいてくれた。

報告が終わると、社長は嬉しそうに切り出した。

丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
生成AIもITも、だいぶ分かってきたみたいだね。心強いよ、神谷くん
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
ありがとうございます。まだ入り口ですが、何ができて何ができないかは整理できました
丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
それでね、もう一つ聞きたいことがあるんだ。最近どこの会社も『DX』って言っているだろう。うちもDXをやらないといけないと思うんだが、神谷くん、DXって具体的に何をすればいいんだ? そして、なんで急にどこもかしこも騒いでいるんだ?

神谷は一瞬、言葉に詰まった。『DX』は何度も耳にしてきた。ニュースでも、取引先との会話でも。しかし、いざ『何をすること?』『なぜ急ぐの?』と聞かれると、自信を持って答えられない。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
正直に申し上げると、DXという言葉の意味は知っているつもりなんですが、うちの会社で具体的に何をすればDXになるのかと聞かれると、はっきり答えられません。それと『なぜ今』なのかも、自分の言葉にできていないです
丸山祐介の表情アイコン
丸山社長
そうか。実は私も同じなんだ。何か便利なシステムを入れれば、それがDXなのかなと思っていたんだが……
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
西園寺さんに相談してみます。DXについても、しっかり整理して帰ってきます

DXとは何か

神谷が自宅デスクで西園寺とオンライン通話、DXの定義を学ぶ

その日の夜、神谷は西園寺にオンラインで相談した。これまでの3コースと同じように、画面越しの学習が始まる。

神谷悠馬の表情アイコン
神谷
社長から『うちもDXをやろう』と言われたんですが、正直、DXが何を指しているのか、うまく説明できませんでした
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
実は、多くの会社がそこで悩んでいるのよ。『DXをやれ』と号令はかかるけれど、何をすればDXなのかが曖昧なまま進んでしまうケースがとても多いの
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
社長は、何か便利なシステムを入れればDXだと思っているようでした
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
その理解は、実はとても多いのよ。でも、DXの本質はシステムを入れることではないの。経済産業省の定義を借りるなら、『デジタル技術を活用して、ビジネスモデルや業務を変革し、競争上の優位性を確立すること』。大事な言葉は3つ。『技術』ではなく『変革』、『便利』ではなく『競争優位』、『単発』ではなく『継続』ね

西園寺は、『デジタルトランスフォーメーション』の言葉の重さを丁寧に解いた。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
DXは『デジタルトランスフォーメーション』の略よ。大事なのは後半の『トランスフォーメーション』、つまり『変革』の部分なの
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
変革……。システムを入れることとは違うんですか?
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
システムを入れるのは手段であって、DXそのものではないの。DXは、デジタルの力を使って、仕事の進め方やお客様への届け方を根本から見直すこと。まるやまマートで言えば、ECサイトに新しい機能を追加することではなくて、店舗とECの情報の流れ全体を見直すことがDXにあたるのよ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
つまり、道具を変えるんじゃなくて、仕事のやり方そのものを変える、ということでしょうか
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
その理解で大丈夫よ。そして、変革という言葉が示すのは『一度で終わらない』こと。技術が進めば、お客様の行動が変われば、変革も続いていく。DXは『プロジェクト』というより『継続的な姿勢』なのよ

デジタル化の3段階

DXの3段階をピラミッドで示した図解
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
DXを理解するために、デジタル化には3つの段階があることを整理しましょう。これは経産省や多くの解説書でも使われる、いまの世界標準の整理よ

西園寺は、画面共有でシンプルな図を見せながら説明した。

西園寺遥の表情アイコン
西園寺
まず第1段階は『デジタイゼーション』。紙やアナログの情報をデジタルデータに変えること。手書きの伝票をExcelに入力する、紙のチラシをPDFにする、というレベルね。情報の『形式』を変えるステップよ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
うちでもやっています。POSレジで売上を取ったり、Excelで商品情報を管理したり
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
次の第2段階は『デジタライゼーション』。個別の業務プロセスをデジタル技術で効率化すること。在庫確認を手作業からシステムに変える、メール一斉送信を自動化する。情報の『流れ方』を変えるステップね
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
デジタイゼーションとの違いは……?
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
デジタイゼーションは『情報の形式を変える』、デジタライゼーションは『業務の進め方を変える』。紙の伝票をExcelにするだけなら形式が変わっただけ。でも、そのExcelを使って自動で発注書が出るようになったら、業務の進め方が変わるでしょう?
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
なるほど。データにするのと、それを使って仕事を変えるのは別のステップなんですね
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
その通りよ。そして第3段階がDX。デジタルを前提にして、仕事の流れや顧客体験そのものを変革すること。まるやまマートで言えば、店舗とECの情報を統合して、お客様に最適な商品やサービスを届けられる仕組みを作る、というレベル。仕事の『姿勢』を変えるステップね
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
下の段を飛ばして上に行くのは難しそうですね
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
いい着眼点ね。下の段を飛ばすと、DXの土台が砂上の楼閣になってしまうの。まずは紙のデータ化、次に業務の効率化、最後にDX。順番が大事よ

2025年の崖とレガシーシステム

経産省『2025年の崖』とレガシーシステムの概念図
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
もうひとつ気になっているのが、社長が言っていた『なぜ今みんなDXと言うのか』という問いです。世間が騒いでいる背景って、何かあるんでしょうか?
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
あるのよ。それを理解するキーワードが『2025年の崖』と『レガシーシステム』。これは経済産業省が2018年に出した『DXレポート』で警鐘を鳴らした言葉なの
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
初めて聞きます
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
『レガシーシステム』というのは、長年使い続けてきて、保守や拡張が難しくなった古い情報システムのこと。社内の特定の人しか触れない、ドキュメントがない、サポート切れ間近——そんな状態のシステムね。日本の多くの企業——特に大手——が、こうしたレガシーを抱えているの
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
うちにもFAXの発注書とか、Excelで属人化しているマスタが残っています。あれもレガシーですか?
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
規模は小さいけれど、本質的にはそう。属人化していて、誰かが辞めたら止まる、変更にコストがかかる、新しい仕組みとつながらない——これらの兆候があれば、レガシーの種ね。『2025年の崖』は、こうしたレガシーを放置すると、2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が出る、と経産省が試算した話なの
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
12兆円……それは大きな数字ですね
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
数字そのものより、警告のメッセージとして受け取ったほうがいいわ。背景は3つあるの。①旧来システムを支えるエンジニアの大量退職、②ハードやOSのサポート切れ、③クラウド・AIといった新技術と連携できないと競争に取り残される。だから多くの会社が『DX、DX』と急ぎ出した、というのが時代の文脈ね
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
中小企業のうちでも、関係ある話なんでしょうか?
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
規模は違っても、構造は同じよ。属人化したExcel、ベンダー任せのECサイト、紙ベースの発注。これらは『小さなレガシー』なの。いきなり崖を越えなくていいけれど、レガシーから少しずつ降りていく工夫——『小さく試して、広げる』——を始めるのが、いまの選択肢ね。そしてその始め方こそが、次回以降のDX入門・DX導入の中身よ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
『崖』と聞くと焦りますが、『少しずつ降りていく』なら、うちでもやれそうです
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
いい姿勢ね。社長に説明するときも『2025年の崖はある。でもうちはまだ崖の手前。だから少しずつ降りる工夫を始めましょう』と伝えると伝わりやすいわ

※ この物語の舞台は2024年です。「2025年の崖」は経済産業省が2018年の『DXレポート』で示した警鐘で、本文の「まだ崖の手前」という表現も2024年時点のものです。崖の背景にあるレガシーシステムの保守限界・人材不足・新しい技術との分断という課題は、2025年を過ぎた現在も多くの企業に当てはまり続けています。

まるやまマートはどの段階?

神谷がまるやまマートの現状を3段階のどこに置くかチェックしている
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
西園寺さん、まるやまマートは今どの段階にいると思いますか?
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
神谷くんはどう思う? 今日聞いた3段階に当てはめてみて
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
POSレジで売上データは取っているし、商品情報もExcelで管理しています。だからデジタイゼーションは一部できています。でも、発注は店長の勘とFAX、在庫は目視確認。デジタライゼーションは部分的で、DXまでは行っていない。第1段階と第2段階の間、というのが正直な現状だと思います
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
いい分析ね。中小企業の多くが、まさにそこにいるのよ。データは取っているけれど、活かす仕組みがない。属人化したExcelやFAXのような『小さなレガシー』が残っている。これは『遅れている』のではなく、『これから取り組む余地が大きい』ということなの
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
ポジティブな言い方ですね
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
事実そうなのよ。だからこそ、いきなりDXを目指す必要はないの。まずは今あるデータを活かすデジタライゼーションを丁寧に積み重ねて、その先にDXを置く。生成AIで作ったプロンプト集も、IT基礎で学んだAPIの考え方も、ぜんぶこの積み重ねの一部よ
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
社長に報告するときは、『DXは3段階あって、うちはまずデータを活かす2段目から始めましょう。崖の話は知っておきますが、いまは慌てる必要はない』と伝えます
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
いい調子ね。次回は、『デジタル化したらDXになるのか?』という、もう一歩踏み込んだ問いを一緒に考えていきましょう
神谷悠馬の表情アイコン
神谷
次回は、実際の業務を見ながら考える、ということですね。具体的には、どこから見ればよいでしょうか
西園寺遥の表情アイコン
西園寺
まずは、まるやまマートの現場を見てみましょう。紙の業務がどこに残っているか、POSやExcelのデータが実際にどう使われているかを確認すると、『デジタル化』と『DX』の違いが見えやすくなるはずよ

📌 覚えるポイント

  • DXは「デジタルトランスフォーメーション」の略で、ITツール導入そのものではない
  • デジタル化には3段階:デジタイゼーション(形式を変える)→ デジタライゼーション(業務を変える)→ DX(仕事の姿勢を変える)
  • DXの本質は「デジタルを前提に、仕事や顧客体験を継続的に変革すること」
  • 『2025年の崖』はレガシーシステムを放置すると年間最大12兆円の経済損失と試算された警告
  • 中小企業の属人化Excel・FAX発注も『小さなレガシー』。少しずつ降りていく工夫を始める
  • 多くの中小企業はデジタイゼーションとデジタライゼーションの間。いきなりDXを目指さない

📖 覚える用語

DX(デジタルトランスフォーメーション)
デジタル技術を活用して、業務プロセスや顧客体験、ビジネスモデルを変革し、競争上の優位性を継続的に確立すること。単なるITツールの導入とは異なる。
デジタイゼーション
アナログ情報をデジタルデータに変換すること。紙の伝票をExcelに入力する、紙のチラシをPDFにするなど、情報の『形式』を変えるステップ。
デジタライゼーション
個別の業務プロセスをデジタル技術で効率化すること。在庫確認を手作業からシステムに変える、メール配信を自動化するなど、業務の『進め方』を変えるステップ。
レガシーシステム
長年使い続けてきて保守や拡張が難しくなった古い情報システム。属人化、ドキュメント不足、サポート切れ、新技術との連携困難などが特徴。中小企業の属人化Excelや紙・FAX業務も『小さなレガシー』にあたる。
2025年の崖
経済産業省が2018年DXレポートで警鐘を鳴らした概念。レガシーシステムを放置すると、エンジニアの大量退職・ハードやOSのサポート切れ・新技術との分断によって、2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が出ると試算された。
📝 神谷の社長報告メモ
今日学んだこと
DXは便利なシステムを買うことではなく、デジタルを使って仕事の流れや顧客体験を継続的に変革すること。3段階あり、うちは1段目と2段目の間にいる。
なぜ今DXと言われるのか
経産省『2025年の崖』が背景。レガシーシステムの保守困難・人材退職・新技術との分断が重なる。中小企業の属人化Excel・FAX発注も小さなレガシー。
まるやまマートの現状
POSとExcelによる第1段階は着手済み(手書きFAX発注・在庫目視は未デジタル)。発注は店長の勘+FAX、在庫は目視。第2段階(業務効率化)と『小さなレガシー解消』が当面の優先テーマ。
社長への報告メッセージ
①DXは3段階。②崖は知っておくが、まずは小さく『データを活かす』ところから降りていく。
次にやること
『デジタル化したらDXになるのか?』を、まるやまマートの現場で具体的に確認する。店舗の紙の業務とデータの使われ方を見にいく。

まとめ

DXは遠い世界の話ではない。「仕事の流れを、デジタルの力で少しずつ良くしていくこと」。『2025年の崖』を知ったうえで、慌てず・しかし目を背けず、自分たちの段に着実に足をかける。