Shiny Academy

DX入門コース

~第2話 デジタル化すれば、DXなんですか?~

前回のあらすじ

第1話では、社長から「うちもDXをやろう」と言われた神谷が、西園寺に相談した。DXは『便利なシステムを入れること』ではなく『デジタルを使って仕事の流れや顧客体験を継続的に変革すること』であること、デジタル化には『デジタイゼーション→デジタライゼーション→DX』の3段階があること、『2025年の崖』とレガシーシステムの背景も学んだ。今日はその知識を持って、まるやまマートの現場に出る。

本店を訪ねる

神谷が本店入口で田中店長に聞き取りをしている

前回の学習で『まるやまマートの現場を見てみよう』と西園寺に勧められた神谷は、翌週、まず本店を訪ねた。

本店は昔からの常連客が多い、まるやまマートの原点とも言える店舗だ。店長の田中修一は、本店を30年以上支えてきたベテランで、地域のお客様の顔と名前をほとんど覚えている。

神谷:「田中店長、今日は業務のことを少しお聞きしたくて伺いました。社長からEC改善やDXについて相談されていて、まず現場の仕事の流れを知りたいんです」

田中店長:「DXか。神谷くん、最近よく聞く言葉だな。うちはもうPOSレジも入れた、デジタル化は済んでいるだろう」

神谷:「ありがとうございます。あとで詳しくお聞きしたいんですが、その『デジタル化が済んでいる』という感覚は、店長から見るとどんな状態を指しますか?」

田中店長:「うん、紙の帳簿はもうないだろう。レジで売上は機械が記録してくれる。それで十分だと思っていたんだがな」

神谷:「なるほど。ちなみに、日々の業務で紙を使っている作業って、まだありますか?」

田中店長:「紙か。まあ、いくつかは残っているが、それは昔からのやり方だからな。困ってはいない」

神谷の心の声田中店長は『デジタル化は済んでいる』と言う。でも、第1話で学んだ3段階に当てはめると、本当にそうなのかは見てみないと分からない。店長を否定するためではなく、自分の理解を確かめるために、現場を一緒に見せてもらおう。

紙が残っている現場

神谷が本店バックヤードでアナログな道具群を確認している

田中店長に案内されてバックヤードを見学した神谷は、いくつかのことに気づいた。

まず目に入ったのは、壁のホワイトボードに手書きで書かれたシフト表だった。パートスタッフの名前と時間帯が色分けされたマーカーで書かれている。変更があるたびに修正液で消して書き直している様子が見て取れた。

次に気づいたのは、デスクに置かれたFAX機と、その横に積まれた手書きの発注書だった。田中店長は毎朝、棚を見回りながら足りない商品を紙に書き出し、FAXで仕入先に送っているという。

さらに奥の棚には、「お客様の声ノート」と書かれた紙のノートがあった。お客様からの要望や感想を、スタッフが気づいたときに手書きで記録するものだ。本部にも、他店舗にも、この情報は届いていないらしい。

神谷:「シフト管理はホワイトボードなんですね」

田中店長:「そうだな、みんなが見やすいだろう。スマホのアプリもあるらしいが、パートさんはこっちの方が分かりやすいと言うんだ」

神谷:「発注はFAXで?」

田中店長:「そうだな。仕入先もFAXの方が慣れているからな。棚を見て何が足りないか判断するのは、長年の経験だ。これは、システムには難しいだろう」

神谷:「お客様の声は、このノートだけですか?」

田中店長:「うちのスタッフが気づいた範囲で書いている。本部に伝えるほどでもないと思ってな……」

神谷の心の声POSレジでデータは取れているのに、発注は目視と手書きFAX。シフトはホワイトボード。お客様の声は紙のノート。データはあるけど、つながっていない。それぞれの仕組みが独立した島になっている——IT基礎の第5話で学んだ『情報のサイロ化』そのものだ。

POSデータの落とし穴

田中店長がPOSレジ画面を見せながら、棚を指差している

神谷は一つ気になることがあった。POSレジで日々の売上データは記録されているはずだ。それを発注に使っていないのだろうか。

神谷:「田中店長、POSレジの売上データって、発注のときに確認していますか?」

田中店長:「データ? まあ、月末の集計では見るが、毎日の発注には使わんな。何が売れるかは棚を見れば分かる。30年やってきた勘だからな」

神谷:「店長の勘は、ものすごく大切な資産だと思います。一方で、もし勘とデータが並んで見える状態になったら、どうでしょうか?」

田中店長:「……並んで見える、というのは?」

神谷:「たとえば、店長が『この商品はそろそろ足りない』と感じたタイミングで、過去2週間の販売推移と在庫が同じ画面に出ていたら、店長の判断はもっと自信を持って早くできるかもしれません。データが店長を否定するのではなく、後押しする使い方です」

田中店長:「……ふむ。それなら邪魔にはならんかもしれんな。考えてみるよ」

その夜、神谷は西園寺にオンラインで報告した。本店で見たこと、気づいたこと、田中店長との会話を一つずつ伝えた。

神谷:「POSレジで売上データはあるのに、発注には使っていないんです。店長は棚を見て勘で判断していて」

西園寺:「それが典型的な例ね。『デジタイゼーションはしたけれど、デジタライゼーションには至っていない』状態よ。POSレジを入れたことがデジタイゼーション。データを発注に活かす仕組みがデジタライゼーション」

神谷:「そこまで行けていなかった、ということですね」

西園寺:「ええ。田中店長の勘が悪いということでは絶対にないの。30年の経験は、データには代えられない資産よ。だから、神谷くんが取った『データが勘を後押しする』というアプローチは正解。否定するのではなく、組み合わせる」

神谷の心の声店長の経験を否定するのではなくて、経験とデータを組み合わせる。西園寺さんの説明は、いつも現場を尊重している。だから僕も納得できるし、田中店長にもこのトーンで話せた。

デジタル化とDXの違い

デジタル化とDXの違いを示す対比図

西園寺は、神谷の報告を聞きながら、デジタル化とDXの違いを整理した。

西園寺:「神谷くんが今日見てきたことを整理すると、こうなるの」

まるやまマート本店の現状

  • POSレジ(デジタイゼーション済み) — 売上データは記録されている。ただし日常の発注判断には使われていない
  • 発注業務(アナログのまま) — 手書きの発注書をFAXで送付。店長の経験と目視で判断
  • シフト管理(アナログのまま) — ホワイトボードに手書き。変更のたびに修正液で書き直し
  • お客様の声(アナログのまま) — 紙のノートに手書き記録。他店舗や本部とは共有されていない

西園寺:「ここから見えてくるのは、『一部はデジタイゼーションしているけれど、データ活用で業務フローそのものを変えるところまでは行けていない』ということね」

神谷:「つまり、レジをデジタルにしただけでは『DXをやった』とは言えないんですね」

西園寺:「そう。大事なのは『紙をデータにしたか?』ではなくて、『そのデータを使って仕事の流れが変わったか?』。田中店長が言った『デジタル化は済んでいる』はデジタイゼーションのこと。3段階のうち1段目までは確かに進んでいる、と整理するとお互いの認識のズレも埋まるわ」

神谷:「店長の認識と、実際のDXの意味にはギャップがあったんですね。でも、それは店長が悪いわけではなくて、DXという言葉が曖昧だから起きるすれ違いだと思います」

西園寺:「その通りよ。だからこそ、神谷くんが3段階の違いを理解して、社内に正しく伝えられることが大切なの」

SoR/SoE/SoIという3つのシステム

SoR/SoE/SoIの3つのシステム層を示す図解

西園寺:「もう一つ、DXを語るときに知っておきたい言葉があるの。『SoR』『SoE』『SoI』という3つのシステムの呼び方ね」

神谷:「また横文字が……」

西園寺:「大丈夫、整理は簡単。記録(Record)、対話(Engagement)、洞察(Insight)の3つの英単語の頭文字よ。順に説明するわね」

神谷:「お願いします」

西園寺:「①SoR(Systems of Record)は、正確に記録するためのシステム。POSレジ、会計、在庫、顧客マスタ。安定して動くこと、データが正しいこと、簡単に変えないことが大事。地味だけれど、会社の土台ね」

神谷:「IT基礎で学んだデータベースやMDMが、ここに対応しますね」

西園寺:「いい接続。②SoE(Systems of Engagement)は、お客様や従業員との対話・接点を作るシステム。ECサイト、LINE公式アカウント、店舗アプリ、社内チャット。お客様の声や行動に応じて素早く変えていくのが特徴で、変化のスピードが速いの」

神谷:「ECサイトはこっち側なんですね」

西園寺:「③SoI(Systems of Insight)は、SoRに溜まったデータとSoEから集まる声を分析して、洞察に変えるシステム。BIダッシュボードや需要予測がここね。データサイエンスコースで深く扱う領域」

神谷:「3つは独立しているわけじゃなくて、つながっているということですね」

西園寺:「そう。『記録→対話→洞察→次の記録』の循環をデジタルで回すこと。これがDXの実体に近いの。本店で見た現状を当てはめると、SoR(POS)は一部できている、SoE(ECや顧客の声)は分断、SoI(データ分析)はほぼゼロ。だからまず、SoRを丁寧に整え、SoEと接続し、SoIを少しずつ育てる順番ね」

神谷:「『DXとは循環を作ることだ』と社長に説明できそうです。難しさより、地味な作業を積み重ねる話だと伝わると思います」

神谷の心の声『DXは循環』。点ではなく流れ。POSの記録が、ECの対話を支え、データ分析の洞察を生み、次の店舗運営に返ってくる——だから一発の大型投資ではなく、3つを少しずつ育てる地味な作業の積み重ねなんだ。来週、社長にこの絵で説明してみよう。


📌 覚えるポイント

  • 紙の業務をデータ化するだけは『デジタイゼーション』であり、DXではない
  • データを取っていても活用していなければ、仕事の流れは変わらない(POSの落とし穴)
  • DXは『データを使って判断や業務のやり方を変えること』
  • 現場の経験を否定せず、経験とデータを組み合わせるトーンで伝える
  • 業務システムにはSoR(記録)/SoE(対話)/SoI(洞察)の3層がある
  • DXとは『記録→対話→洞察→次の記録』の循環をデジタルで回すこと

📖 覚える用語

POSレジ(販売時点情報管理)
Point of Saleの略。商品が販売された時点の情報(商品名、価格、数量、日時など)を自動的に記録・管理するシステム。SoRの代表例。
業務フロー
仕事の手順や流れのこと。誰が、何を、どの順番で行うかを整理したもの。DXでは、この業務フローをデジタルの力で見直すのが要。
データ活用
蓄積したデータを分析し、意思決定や業務改善に活かすこと。データを集めるだけでなく、判断や行動を変えることが本質。
SoR(Systems of Record)
記録のためのシステム。POSレジ、会計、在庫管理、顧客マスタなど。安定性・正確性が重視される会社の土台。SoR/SoE/SoIは業界で広く使われる整理の仕方。
SoE(Systems of Engagement)
お客様や従業員との対話・接点を作るシステム。ECサイト、LINE公式、店舗アプリ、社内チャットなど。変化のスピードが速い。
SoI(Systems of Insight)
蓄積したデータから洞察を引き出すシステム。BIダッシュボード、AI分析、需要予測など。データサイエンスや経営判断と直結する。
📝 神谷の社長報告メモ
今日学んだこと
デジタル化(紙→データ)とDX(データを使って仕事を変える)は別のステップ。POSレジを入れただけでは、DXとは言えない。
まるやまマート本店の現状
POSはあるが発注判断に使われていない。シフト・発注・お客様の声は紙のまま。SoR(POS)は一部あり、SoE(EC・顧客の声)は分断、SoI(分析)はほぼゼロ。
メッセージング
現場の経験を否定せず『経験+データ』で語る。田中店長との対話で『データが勘を後押しする』アプローチが響くことを確認できた。
次にやること
ECサイトの課題もDX視点で見直す。商品情報がどこで作られ、どう流れ、どこで止まっているかをSoR/SoE/SoIの観点で整理する。

まとめ

デジタル化は入り口にすぎない。データを取ることと、データを使って仕事を変えることは、まったく別の話だ。記録、対話、洞察。3つの層が循環し始めたとき、DXは初めて『回り始める』。

📚 出典・参考情報

  1. 総務省 — 令和7年版 情報通信白書
  2. IPA — DX動向2025
  3. 中小企業庁 — 2026年版 中小企業白書
  4. Geoffrey Moore, "Systems of Engagement and the Future of Enterprise IT"(AIIM, 2011)