Shiny Academy

DX入門コース

~第3話 ECサイトの問題は、ECだけの問題じゃなかった~

前回のあらすじ

第2話では、神谷がまるやまマート本店を訪問し、ベテランの田中店長に業務の現場を見せてもらった。POSレジで売上データは取れているが発注には活用されていないこと、シフト管理やお客様の声は紙のままであることを確認した。SoR・SoE・SoIの3層をどう循環させるかが、DXの実体に近いと整理した。今日は、社長が最初に相談してきた『ECサイトの問題』を、DXの視点で見直しに行く。

ECサイトを点検する

神谷がECサイトと店頭価格を見比べて問題箇所を確認している

前回、本店の現場を見た神谷は、次にECサイトの状態を確認することにした。社長から最初に相談されたのもECの改善だった。実際に商品ページを一つずつ開いて確認していく。

すぐに問題が見つかった。

⚠ ECサイトで見つかった問題

  • 価格の不一致 — 店頭で値下げした商品が、ECでは旧価格のまま表示されている
  • 在庫情報の誤り — 店頭で売り切れた商品が、ECでは「在庫あり」と表示されている
  • 古い説明文 — 夏の季節商品の説明文が、秋になっても「暑い日にぴったり」のまま残っている
  • 写真の未更新 — パッケージがリニューアルされた商品が、旧パッケージの写真のまま

神谷:「これは……想像以上にひどい状態だ」

神谷の心の声お客様がこのページを見たら、信用できないと思うだろう。値段が店頭と違う、在庫がないのにあると書いてある——これではECで買おうという気にならない。直したい。でも『ECだけ直す』では同じことを繰り返しそうな気もする。

情報のズレ

神谷が鈴木勤に商品情報の更新作業を聞き取っている

神谷は、IT基礎で個人アカウントを発行してもらった鈴木勤にもう一度話を聞きに行った。鈴木は本部の事務スタッフで、通常業務の合間にECサイトの更新も兼務している。今回はアカウント周りではなく、ECの商品情報そのものについて聞きたかった。

神谷:「鈴木さん、ECの商品情報が店頭と合っていない箇所がいくつかあるんですが……。鈴木さんを責めたいわけではなくて、流れを理解したくて」

鈴木:「ありがたいです、神谷さん……。分かってはいるんですが、更新が追いつかなくて。商品の価格変更は店舗から口頭やメモで連絡が来ることもあれば、本部のExcelが更新されるのを待つこともあって、どれが最新か分からなくなるんです」

神谷:「商品情報は、どこで管理しているんですか?」

鈴木:「本部にExcelファイルがあります。でも、店舗が独自に価格を変えることもあるし、仕入れ先から届いた商品の情報は紙のカタログで確認しています。ECの更新は、そのExcelとカタログとメモを見ながら、一つずつ手作業でやっています」

神谷:「1日にどれくらい時間がかかっていますか?」

鈴木:「正直、ECの更新だけで1日2時間は取られています。価格や説明文の変更が多い週は3時間を超えることも……。それでも、店舗との連絡が追いつかなくてズレが残るんです」

神谷の心の声商品情報の『元』がバラバラなんだ。本部のExcel、店舗からのメモ、紙のカタログ。どれが正しいのか、鈴木さんも判断に困っている。週10時間以上が手作業に消えていて、それでも不整合が残る。これはもう、本人の努力では解けない構造的な問題だ。

バラバラの管理

本部・店舗・ECの情報のサイロ化を3つの島で示す

その夜、神谷は西園寺にECサイトの状況を報告した。

神谷:「ECサイトの商品情報を更新しようと思ったんですが、本部のExcelと店頭の価格とECの表示が全部違っていて……。これって、IT基礎で学んだ『情報のサイロ化』ですよね?」

西園寺:「いいところに気づいたわね。技術的にはまさにそれよ。本部、店舗、ECそれぞれに情報はあるけれど、お互いに共有されていない状態」

神谷:「つながっていない……。たしかに、本部が価格を変えても、ECに反映されるまで何日もかかっています」

西園寺:「IT基礎では、データベースやAPIといった『どう解決するか』の技術側を見てきたわね。DXでは、その情報のサイロ化が、お客様や現場にどんな影響を与えているかを業務側から見ていくの。同じ問題を、別の角度から眺めましょう」

神谷:「まさにうちの状態です。商品情報の正しいバージョンがどこにあるのか、誰にも分からない」

西園寺:「だからECだけ直しても同じ問題が繰り返されるの。本部のExcelを更新しても、それが店舗に伝わらなければ価格はズレたまま。店舗で在庫が切れても、ECに反映されなければお客様には『在庫あり』と見えてしまう」

神谷:「ECサイトの問題だと思っていたけど、実はそうじゃなかった……」

西園寺:「そう。ECサイトの問題は、ECだけの問題じゃなかったのよ」

神谷の心の声ECを直せばいいと思っていたけど、根っこは商品情報が本部・店舗・ECでバラバラに管理されていることだった。これは一箇所を直すだけでは解決しない。鈴木さんの作業時間も、結局は構造の問題から来ている。

情報の流れを描く

商品情報の理想フローと現状フローを上下で比較

西園寺:「DXの視点で考えると、ECだけを直すのではなくて、商品情報がどこで作られて、どこを通って、最終的にお客様に届くのか、その流れ全体を整理することが大切なの」

西園寺は画面共有で、まるやまマートの情報フローを整理した。

まるやまマートの情報フロー(現状)

  • 商品情報の発生 — 仕入先のカタログ(紙)から本部が手入力でExcelに登録
  • 本部 → 店舗 — 価格変更はメールや口頭で連絡。店舗が独自に変更することもある
  • 本部 → EC — 鈴木がExcelを見ながら手動でECを更新。タイムラグあり
  • 店舗 → EC — 在庫情報の連携なし。店頭で売り切れてもECに反映されない

西園寺:「この図を見ると、情報が途切れている場所が分かるでしょう? DXは、この途切れている部分をデジタルの力でつなげて、情報がスムーズに流れるようにすることなの」

神谷:「なるほど……。一つの場所で商品情報を管理して、そこから店舗にもECにも自動で反映されれば、ズレは起きないですよね」

西園寺:「IT基礎で学んだ『シングルソースオブトゥルース』と『マスタデータ管理(MDM)』、それから『API』。技術としてはこれらで実現できる。でもDXとしては、その『一箇所』を誰が責任を持って維持するか、業務の流れをどう変えるか、という運用面の話に踏み込む必要があるの」

神谷:「ECの問題を直そうとしたら、情報管理の仕組み全体と、業務の流れ全体を見直す話になりました……」

BPR:業務プロセス改革

BPR(業務プロセス改革)の進め方を示す3ステップ図

西園寺:「ここまで描いた『現状フロー』を、いまの言葉で表すと『As-Is(あずいず/現状)』ね。そして、これから描く『あるべき姿』が『To-Be(とぅーびー/将来像)』。この『As-Isを描いて、To-Beを描き直す』作業のことを『BPR(業務プロセス改革)』と呼ぶの」

神谷:「BPR、初めて聞きました」

西園寺:「Business Process Re-engineering の略よ。1990年代から使われている言葉で、『業務の流れを“改善”するのではなく“描き直す”』という発想なの。改善が10%の効率化を目指すのに対して、BPRは2倍・3倍の効率や、まったく違う顧客体験を目指すアプローチね」

神谷:「改善と描き直しは、何が違うんですか?」

西園寺:「いい質問。改善は今の流れを前提に部分修正すること。たとえば『発注書のフォーマットを変える』『連絡をメールに統一する』。BPRは今の流れを一度白紙にして、ゼロから描き直すこと。たとえば『発注書という紙そのものをなくす』『連絡という工程をなくして自動同期にする』。発想の大きさが違うの」

神谷:「商品情報の話で言うと、改善は『鈴木さんがExcel更新する手順を簡単にする』、BPRは『鈴木さんが手動更新するという工程そのものをなくす』ということですね」

西園寺:「素晴らしい理解。BPRは3ステップで進めるの。①As-Is(現状)を描く、②ムダ・ムリ・ズレを洗い出す、③To-Be(あるべき姿)を再設計する。今日描いた現状フローはステップ①、サイロ化の指摘はステップ②、そして次回以降が③ね」

神谷:「DX入門は『考え方』を学ぶ場ですよね。BPRがDXの実体だ、と理解していいですか?」

西園寺:「半分正解よ。DXはBPR+デジタル前提の発想+継続性。BPRはもとは紙の時代から続く考え方で、DXはそれをデジタルを前提に再加速したもの、と覚えておいて。次回はいよいよ『どこから始めるか』の話、スモールスタートとPoC(パイロット)に進みましょう」

神谷の心の声BPRの三段階——As-Is、ムダ洗い出し、To-Beの描き直し。DXは『直す』ではなく『描き直す』。鈴木さんが疲弊している『手動更新』も、改善ではなく『工程ごとなくす』方向を検討する。次回のスモールスタートで、どこから手を付けるかが見えるはず。


📌 覚えるポイント

  • ECサイトの問題は、ECだけの問題ではないことが多い
  • 商品情報・在庫・価格が別々に管理されていると、不整合が起きる(情報のサイロ化)
  • DXの視点では『個別のシステム』ではなく『情報の流れ全体』を見る
  • 正しい情報を一箇所で管理し、各所に反映する(シングルソースオブトゥルース/MDM)が理想
  • BPR(業務プロセス改革)の3ステップ:As-Is→ムダ洗い出し→To-Be描き直し
  • DXは『改善』ではなく『描き直し』。デジタル前提で工程ごとなくす発想

📖 覚える用語

情報のサイロ化
部署やシステムごとに情報が分断され、共有・連携されていない状態。サイロ(穀物貯蔵塔)のように、それぞれに情報は入っているが互いにつながっていない。DXの大きな障壁の一つ。
シングルソースオブトゥルース(SSOT)
一つの情報源を『正』とし、そこから各所に反映する考え方。商品情報を一箇所で管理し、店舗にもECにも同じデータが届くようにすることで、情報の不整合を防ぐ。
業務プロセス
仕事を完了するまでの一連の手順。『入力→処理→出力』の流れで捉える。DXでは、この業務プロセス全体をデジタルの力で見直す。
As-Is/To-Be
業務プロセスの『現状(As-Is)』と『あるべき姿(To-Be)』を表す対概念。両方を描き分けることで、変えるべき場所と変える方向が見える。
BPR(業務プロセス改革)
Business Process Re-engineering。業務の流れを『改善』ではなく『描き直す』アプローチ。10%の効率化ではなく、2倍・3倍の効率や新しい顧客体験を目指す。1990年代から使われ、いまはデジタル前提で再加速したものがDXの実体に近い。
📝 神谷の社長報告メモ
今日学んだこと
ECサイトの問題の根本は、商品情報・在庫・価格が本部・店舗・ECでバラバラに管理されていること。ECだけを直しても、情報の元がつながっていなければ同じ問題が繰り返される。
鈴木さんの実態
ECの手動更新だけで週10時間以上を消費しているのに、ズレが残る。これは個人の努力の問題ではなく、構造の問題。
BPRの3ステップ
①As-Is(現状)描き出し、②ムダ・ムリ・ズレ洗い出し、③To-Be(あるべき姿)再設計。DXは『改善』ではなく『描き直し』。
次にやること
いきなり全部を直すのではなく、小さく始める方法を学ぶ(スモールスタート/PoC)。最初は1つの商品カテゴリで情報の流れを整理するところから試したい。

まとめ

ECの画面を直すだけでは、問題は解決しない。情報がどこで生まれ、どう流れ、どこで止まっているのか。流れ全体を見て、改善ではなく描き直す——それがDXの本気のかけ方だ。

📚 出典・参考情報

  1. 中小企業庁 — 2026年版 中小企業白書
  2. 経済産業省 — DXレポート2(中間取りまとめ)(2020)
  3. IPA — DX動向2025
  4. Michael Hammer & James Champy『リエンジニアリング革命』日本経済新聞社, 1993